<著作からの抜書き>

【地震火災への備え・・悲観的に想定し、楽観的に防備しよう】

 東海地震や南海地震に加えて首都直下地震などの巨大地震の発生の切迫度が高まり、各方面でその被害軽減のための対策の強化がはかられている。そのなかで、建物の耐震補強や災害医療などの対策が積極的に展開されていることは、喜ばしい限りである。がしかし、その中で非常に残念というかとても気掛かりことが一つある。それは地震時の市街地大火についての対策が軽んじられていることである。
 内閣府などの大規模地震に対する被害軽減戦略をみると、地震大火の対策としては、遮断帯整備による延焼抑止、バケツリレーによる初期消火、住宅耐震化による出火低減などの対策が提示さている。だか、これらの対策で地震時の市街地大火が抑制できるとは思えない。このうち遮断帯については、整備がなされれば効果があるものの、整備を進めるためのリアリティがなく、絵に描いた餅である。バケツリレーは、初動マンパワーが確保できる場合は有効であるものの、津波の襲来が切迫している場合や、生き埋めが大量に発生している場合にはマンパワーが期待できず、これまた絵に書いた餅である。
 となると、住宅耐震化に大火抑制の期待がかかるのだが、それは絵に描いた餅どころか目くらまし的な幻想にすぎない。というのも、その被害軽減効果の根拠とされる「倒壊率と出火率の関係式」の理解に重大な誤謬があるために、住宅が倒壊しなければ火災は起きないということにはならないからである。誤謬があるといったのは、倒壊率と出火率の関係は、消防署の数と出火件数の関係と同じで、見かけの関係であって決して因果関係ではない、ということである。倒壊率と出火率は、地震の揺れの大きさを媒介にして関連しているにすぎない。地震の揺れを小さくしない限り、出火率は小さくならないということを、肝に銘じて欲しい。消防署の数を減らしても火災が減らないように、倒壊率を減らしても出火率は減らないのである。もっとも、耐震化によって生き埋めが減り、初期消火などのマンパワーが確保できるという面では、被害軽減効果が多少なりとも期待できるので、まったく無意味ということではない。
 このように、地震火災への対策は極めて不十分な状況におかれている。それは、地震火災の危険性や地震火災対策の必要性が、国民はもとより防災関係者にも正しく理解されていないため、と考えられる。そこで、危険性が正しく捉えられていない一例を、火災による死者の想定値でみておこう。内閣府の被害想定では、東京湾北部の首都直下地震では、焼失棟数が約60万棟、焼死者が約6千人、という結果が得られている。ここで指摘しなければならないことは、焼失棟数に比して焼死者が異常に少ないということである。過去の記録をみると、関東大震災の東京では約30万棟が焼失し約6万人が焼死している。北丹後地震の峰山では約千棟が焼失し約8百人が焼死している。最近の阪神・淡路大震災では約7千棟が焼失し約5百人が焼死している。これらの記録から経験的に言えることは、地震時には焼失棟数千棟につき百人程度は焼死する、ということである。となると、首都直下では数万人が焼死してもおかしくないはずである。ところがどういうわけか、想定による焼死者数は数千人前後に抑えられている。意図的に操作をして予測値を低く抑えたとまでは言いたくないが、地震火災の危険性を過小評価していることだけは確かである。
 このような被害想定における過小評価に加えて、メディアによる短絡的な市民啓発によっても、「関東大震災のような焦熱地獄は起きない」「地震火災はもはや最重要の問題ではない」といった誤った意識が国民に植えつけられつつある。メディアによる「短絡的な啓発」というのは、緊急地震速報の活用に関わって「マイコンメーターが普及により、初期消火する必要がない」ということが繰りかえし報道されていることをいう。この報道を聞いた多くの国民は、出火防止はどうでもいいと思い込みがちである。地震の直前直後において,ローソクなどの裸火の消火をはかることは無論のこと、電気ストーブなどのコンセントを切ることしなければ市街地が火の海になってしまうことを、ついこの前の阪神・淡路大震災で学んだはずなのにと、言いたくなる。こうした「危うい風潮」をみるにつけ、もっと地震火災の危険性をしっかりと国民に伝えなければと思う。
 「悲観的に想定し、楽観的に備える」という言葉があるが、地震火災についてはもっと深刻な事態を想定して、戦略的かつ攻勢的に対策に取り組むことが求められよう。ところで、地震火災の被害軽減は、決して不可能なことではない。出火件数の大幅な低減をはかるとともに、地域における初期消火能力の飛躍的な向上をはかることができれば、焼死者をゼロにすることも夢ではない。なお、この被害軽減に関して、一筋の光明が見えてきている。それは、通電火災対策の進展である。阪神・淡路大震災では、地震直後の電気の自動回復に伴う出火が、市街地大火をもたらしたのだが、この直後の通電火災を防止する技術開発が急速に進みつつある。それは、東京電力が開発しているもので、緊急地震速報あるいは感震器と連動した無線信号によって、出火につながる恐れのある機器の電気を自動的にシャットダウンしようとするものである。すべての熱源や火花をシャットできるというものではないが、その普及により炎上火災件数の大幅な削減がはかられることは確かである。出火件数の削減をはかることができれば、残された火災を常備消防と消防団の連携により早期に鎮圧することはそう難しくない。
 私は、この通電火災防止システムの普及に加えて、消防団の装備と人員の大幅増強、さらには大容量の送水システムの整備によって、地震火災死者ゼロは確実に達成できると楽観的に考えている。地震火災死者ゼロに向け、有機と希望をもって大胆に挑戦しよう。

消防科学と情報(2008年春号)より

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