<著作からの抜書き>
【能登の減災文化】
約二千五百棟が全半壊した能登半島地震から、もうすぐ1年を迎える。この地震では、多数の家屋が倒壊したにもかかわらず、死者は僅かに一名であった。
何十年も前につくられた古い住宅でありながら、また壁の少ない大架構の住宅でありながら、倒壊した住宅の下敷きになって死ぬ人は一人もなかった。というのも、丁寧に壁土を塗って粘りをもたせた技能、漆塗りによって土台の腐食を防いだ知恵などが、生存のための空隙を巧妙につくりだして、倒壊家屋の中にいた人々の命を救ったからである。伝統的な民家の工夫や技能によって、被害の軽減が図られたといっても過言ではない。
なお、この被害の軽減を図ったのは、伝統的な建築の文化だけではない。自然と融合した生活の知恵、暮らしに密着した人のつながりといった文化が、市民連携の救助活動やエコロジカルな生活回復を可能にし、結果的「震災関連死」を防ぐことに成功していることを、見逃してはならない。豊かな自然と暖かい人情をベースにした能登の高度な文化が、命や暮しを守る文化としても機能したことを、ここでは確認しておきたい。
ところで、その能登の文化を伝える、素晴らしい写真集ができた。被災地支援活動に取り組むNGO恊働センターの村井雅清さんの手によるもので、「いとしの能登、よみがえれ」というタイトルがついている。村井さんの被災地をみる暖かい目によって、自然と人間の織りなす豊かな暮しの文化が、いきいきと映し出されている。この写真集をみていると、なぜ能登で被害が少なかったかがよくわかる。
これからの安心や安全のためにも、地域に根ざした文化をしっかり受け継いでいかねばと思う。
神戸新聞<随想>より